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  • 低酸素脳症による遷延性意識障害患者の人工呼吸器から自発呼吸に戻す可能性について
  • 低酸素脳症による遷延性意識障害患者の人工呼吸器から自発呼吸に戻す可能性について

    ■Question

    心肺停止による低酸素脳症で遷延性意識障害となった32歳の娘の呼吸器使用について質問します。現在発症後5ヶ月を経過して、気管切開、経鼻栄養、人工呼吸器装着で入院中です。首を左右に動かしたり、眼を開きまばたきはするが、追視はありません。自発呼吸は出る時と出ない時があり、特に眠っている時はほとんど出ていません。人工呼吸器を早く外したいと思いますが、どのような方法があるのでしょうか?(現在の設定値、換気モ-ド:SIMV+、一回換気量:400cc、酸素濃度:21%、換気回数:12、プレッシャ-サポ-ト圧:10,PEEP/CPAP:5)

    ■Answer

    一度人工呼吸器が装着された患者さんから人工呼吸器を外して自発呼吸に戻すことを医師は専門用語でウイニング(weaning 乳離れという意味です)と言います。これが出来るかどうかは患者さんの呼吸機能や肺の状態により決まります。

    呼吸機能とは全身の細胞に酸素を供給するために血液中のヘモグロビンに酸素を結合させ、かつ、代謝によって生じた二酸化炭素を血液中から取り除く機能を言います。

    具体的には呼吸筋の動きで肺を膨らませ肺の中に外気を取り入れ(吸気と言います)、肺胞中の酸素を肺胞の壁を通じ、血液中のヘモグロビンまで届け、同時に血液中の二酸化炭素を肺胞の壁を通じ肺胞内に排出(これをガス交換といいます)し、その結果酸素が少なくなり、二酸化炭素が増加した肺胞中の気体を肺を縮ませ気道を通じ大気中に排出する(呼気)動きの繰り返しで行われます。

    呼気、吸気に関わる呼吸筋の運動は脳幹部の一部である延髄にある呼吸中枢によって行われます。呼吸中枢は血液中の酸素や二酸化炭素の量を常に監視していて、正常に近い場合は主に二酸化炭素の量によって呼吸運動の深さや回数を調節して、適切な量の換気が行われるように呼吸運動をコントロ-ルしています。

    上記の様な呼吸に関わる部分に支障が生じて自力で呼吸機能が維持出来なくなった場合には人工呼吸器を装着して呼吸機能を補助することがしばしば行われます。治療や自然回復力で再び呼吸機能が十分となれば、人工呼吸器が不要となりウィニングが行われることとなります。

    お嬢さんの状態は相談票から以下の様に推測します。

    1)肺自体の機能について

    酸素濃度が21%とのことですから、これは空気中に含まれる酸素濃度です。呼吸数は12回/分、一回換気量は400ccですからいずれも自発呼吸の場合に近い数値なので、肺がガス交換を行う能力は比較的よいと推測されます。

    2)呼吸運動について

    呼吸運動は延髄の呼吸中枢の命令により呼吸筋が動くことによって行われます。発症が心肺停止による低酸素状態とのことですが、脳に酸素の供給が数分以上絶たれると、神経細胞は不可逆的にダメ-ジを受け、その後酸素の供給が再開されても、その機能が戻らない状態になります。脳が低酸素状態にさらされた場合最も弱いのは、最も高度に発達した部分、すなわち大脳皮質で、その後時間の経過従い、順番に大脳深部、脳幹部と障害されていきます。延髄は脳幹部の最も下位の部分なので、心肺停止状態で低酸素症になり蘇生が成功した場合、大脳皮質の機能が強く障害されても脳幹部の機能は保たれ、開眼が見られ、睡眠覚醒のパタ-ンもあり自力で呼吸が出来るのに、周囲とのコミュニケ-ションが出来ない状態、すなわち遷延性意識障害という状態がしばしば見られます。お嬢さんの場合も開眼や瞬きはあるが追視はないとのことですから、いわゆる遷延性意識障害であると推測します。しかしさらに障害が強く、呼吸中枢にまで障害が及び、自力の呼吸が十分でないために急性期に人工呼吸器を装着して、障害された機能を補う必要があった訳です。

    現時点では自発呼吸が出ることもあるとのことですから、呼吸中枢の機能は全く失われたわけではない可能性があります。人工呼吸器を装着している場合には呼吸器の力で呼吸運動が行われるので、この状態で血液中の二酸化炭素の濃度が正常より大きく低下すると、呼吸中枢は、「既に十分な呼吸が行われている」と判断して自発呼吸を抑制する場合があります。もし、このような状態で自発呼吸が抑制されている場合は、呼吸器の呼吸回数や一回換気量を低下させると、血液中の二酸化炭素の濃度が上がるので、呼吸中枢は「換気が十分でない」と判断して呼吸回数を増やしたり、呼吸を深くしたりして、血液中の二酸化炭素の濃度を正常化させるように働きます。このような能力が十分にあれば、呼吸器から離脱することが可能となります。

    実際には主治医の先生がウイニングを試みる場合は、まず人工呼吸器の呼吸回数や一回換気量を減らして自発呼吸が活発になり、かつ、血液中の二酸化炭素や酸素の濃度が正常範囲に維持出来るかどうかを検討します。これで大丈夫なら、さらに人工呼吸器の補助をさらに減らしていき、最後には人工呼吸器からの離脱が可能となります。

    しかし、このようなチャレンジは低酸素状態などの危険な状態に陥る可能性も含んでいるので、十分な監視と血液中の酸素濃度や二酸化炭素濃度のモニタリング下で慎重に時間をかけて行う必要があります。

    このような過程で自力では血液中の二酸化炭素や酸素の濃度が保てないことが判った場合は人工呼吸器からの離脱は不可能であると判断され、呼吸器の使用を続けることとなります。

    以上の様なことをよくご理解の上、主治医の先生に人工呼吸器が外せる可能性があるかどうかご相談されるのがよろしいと思います。

    ■Question(再度質問)

    先日は回答を有難うございました。再度質問をさせて頂きます。先生のコメントを基に娘の主治医(内科)に人工呼吸器からの離脱をお願いしてみたところ、「現在の自発呼吸が少ないのでウイニングは始められない」「モードや設定値を細かく変えてみることは当院には人工呼吸器専門のスタッフがいないので出来ない」との答えでした。現在低酸素脳症を発症して丁度半年になりますが、長期になるほど離脱が難しいということも聞きますので、思い切って呼吸器科や呼吸器管理スタッフのいる病院を探して転院させようと思いますが、呼吸器を付けたまま新しい環境へ転院させるリスクと、転院後に果たして自発呼吸が出るようになるか不安があり迷っております。アドバイスを頂ければ幸いです。

    ■Answer

    急性期に呼吸が不十分で人工呼吸器の使用が必要と判断され呼吸器が装着された患者さんを治療する主治医は、常に「呼吸器を外せる可能性はないか、出来るなら呼吸器を外したい」と考えているものです。なぜなら、自発呼吸で全身状態を維持出来る状態になったと言うことは明かな改善で、それは医師にとっても嬉しいことですし、人工呼吸器を装着したまま慢性期の全身管理をすることは、呼吸器自体の管理の手間や、人工呼吸に伴う合併症のことなど、自発呼吸に比べて、手間やリスクが大幅に増えるからです。お嬢さんの治療を急性期に担当した医師もきっとそのように考えていたはずですし、経過中に呼吸器が外せるかどうか検討したはずです。しかし結果として転院をする時点まで呼吸器からの離脱が不可能だったのだと推測します。以上の様な理由で、呼吸器から離脱出来る場合はそのようになった時点で離脱が行われるので、離脱出来ない場合には呼吸器の使用の継続を余儀なくされるわけです。その結果、呼吸器の使用が長期になるほど離脱が困難であるという事実が発生するわけですが、これはよく考えて見ると、離脱が不可能な人が長期に呼吸器を使用しているということであると思います。私自身が経験した症例でも呼吸器の離脱が可能である場合は、急性期の治療の過程で離脱が行われた場合がほとんどで、数ヶ月以上呼吸器からの離脱が出来なかった症例で、その後呼吸器が外せた症例は記憶にありません。そのようなわけで、お嬢さんの場合も急性期の治療を担当した医師は、治療の過程で人工呼吸器からの離脱を検討したと考えますが、その結論として、転院時点で、今後人工呼吸器を外すことは不可能であるとの結論を、転院先の主治医の先生に診療情報提供書でお伝えしたのかも知れません。一度急性期の治療を担当された先生にお会いになって、このような事を確認されてはいかがでしょうか。またお嬢さんは自発呼吸が出ることもあるとのことですが、今の状態が転院時点の状態と大きく違っていたら、そのことも含めてご相談になるのがよろしいと考えます。

    ■その後のメ-ルでのやりとり

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    **先生

    不躾にも再質問させて頂いたところ、ご多用中にも拘わらず、ご丁寧な回答を頂き誠に有難うございました。

    ご説明頂いた趣旨はよく分かりました。

    なお、私の質問が舌たらずだったかもしれませんが、現在の病院および主治医は発症時から変わっておらず、離脱のために受け入れてくれる病院があればこれから転院させたいというつもりでした。

    低酸素脳症の場合、呼吸器からの離脱がかなり難しいということはかねがね聞いているのですが、その一方で家族会で同じ低酸素脳症のお嬢さんが大学病院に7カ月入院してそこでは離脱困難と言われて別の病院に転院して25日で離脱に成功したと言う例も聞いているので藁をもつかむ気持ちでいろいろとご意見や情報をお伺いしているところです。

    ご親切にありがとうございました。

    ** *

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    ** * 様

    失礼しました。私のほうが早とちりでした。

    今の主治医の先生がご自分で「モードや設定値を細かく変えてみることは当院には人工呼吸器専門のスタッフがいないので出来ない」とおっしゃったとのことで、てっきり、急性期の治療を別の病院で受けて慢性期になり現在の病院に転院してきたのだと思い込んでしまいました。

    現在の主治医の先生がこのようにいわれるのなら、現在の病院で呼吸器を外せるか否かについて**様が納得できるような意見を伺うことは困難かもしれません。

    その場合は、他の病院に転院して新しい主治医と相談をすることになりますが、転院を検討するに当たっては、ネットなどの情報で入院相談室、あるいはセカンドオピニオン

    外来などを持っている総合病院に相談されるのが良いと思いますが、相談をするに当たっては、現在の主治医の先生に詳細な診療情報提供書を作っていただく必要があります。

    なお、ネット相談の取り決めで具体的な病院の名前をだしてお伝えすることはできませんのでこの点も併せてご理解ください。

    * **

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    Subject: (ネット相談ご報告)人工呼吸器から離脱できました

    * **先生

    低酸素脳症の娘の人工呼吸器からの離脱について先月2回質問させて頂いた**です。その節はご親切にアドバイスいただき有難うございました。

    今回はその後のご報告です。

    先生のご助言をもとに主治医にウイニングをお願いしたところ「自発呼吸が十分でない。病院に呼吸器管理専門スタッフがいない。」ことを理由に断られたことは2回目のメールに書きました。その後、たまたま当院内科に着任された医師が呼吸器が専門であることが分かってウイニングをお願いしたところ引受けて下さり、先週末までに2週間で離脱に成功いたしました。これも、先生からのご助言に勇気を得て病院側に粘り強くお願いした結果と思い、改めて感謝する次第です。

    発症後7カ月過ぎてからの離脱はいささか遅く、ようやく先週から初めてベッド上での座位でのリハビリが始まりました。意識はまだはっきりしないのでこれからも様々なことが待ち受けており、別の質問でお世話になることと思いますが今後ともよろしくご指導頂ければ幸いです。

    取り急ぎご報告と御礼まで。

    ** *

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    藤田医科大学ばんたね病院 脳神経外科内
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